在宅と自尊心

パンデミックによって人類が少しは文明を進めたようで、完全在宅勤務の職を紹介されたので一年ぶりに就職したら、「コミュニケーションの為に週の半分以上は出社」するよう言われた。
伝染病が蔓延する中、業務に必要は無いが俺達と顔を合わせて話す為に公共交通機関で通えと平然と言う。何も変わっていなかった。FAXとハンコを操る猿だった。

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何者かになりたくない

自分は一切「何者か」になりたくない。「○○の人」「○○の専門家」そんな風に認識されたくない。コミュニティの中で「○○なら誰にも負けない」と勝手に競争意識を抱いて自尊心や存在意義を見出しているのが理解出来ない。
好きな事を少しずつやって少しずつ出来る自分が好きでたまらないからだ。

人々が好きなのは「他の事は全然出来ないけど○○なら右に出る者はない、○○に人生を賭けている専門家」と、それらが集まって作り上げるでかいプロジェクトというドラマだ。
自分で色々とそれなりに出来る事は本人の人生にとって多大なメリットだが、他人にとっては何も面白くないので望まれない。

「何者かになりたい」というのは自分1人が「特別になりたい」のではなく、「特別な集団の1人になりたい」という事だ。属する事が前提。ヒーロー集結映画で各10分くらい活躍シーンがあるような、あれが理想形。
自分は集結系は全く観る気がしないが、何者かになりたい人達はあれを見て「誰1人欠けても勝てなかった」と癒やされている様だ。

パンデミックで生きやすくなった

外に出ろ、マスク外せと言われていた世の中があっさり反転した。

休日に家にいれば、無意味で無駄な時間を過ごしたと判断される。
マスクを着ければ、顔が見えない、若者の依存症だと批難される。
在宅で働きたいと言えば、出来る訳がない、甘えだと一笑される。

それが今ではこの通りだ。

どこかへ行ったというだけでいいねと言われ、人と会い人と食事する事が能力よりも評価され、一同に集まって同じ事をするのが尊いとされた社会は、そうする事が好きな人間と環境がたまたま合っていただけに過ぎない。

他人と生身の会話を必要としない人間がコミュニケーション障害なのではなく、生身の会話が無いとストレスで暴れ出す人間がコミュニケーション中毒であり、前者はこれまで後者の都合に付き合わされていたに過ぎない。

他人と口の穴や鼻の穴を見せ合いたいという願望が無いので、外に出れば人々がマスクをしているのは夢のような景色だ。
公共の場で爆音くしゃみを放つ爺、わざわざ人の隣に座る爺が明確に悪とされ、堂々と忌避出来るのは夢のような空気だ。

やっと呼吸器丸出しでは健康を害する事に気付いた人類が、それだけの事に耐えきれず陰謀論に飲まれている。
それほどのストレスに、今までの社会が合っていなかった人間はよく耐えていた。好きに生きよう。

1日が24時間ではない事

今まで生きて試行錯誤してきた結論として、自分は24時間サイクルで生きるのは無理だ。人によって必要な睡眠時間が違う事は知られているが、同時に活動時間も違うのは当然と言える。自然に寝て自然に起きれば少しずつ昼夜逆転してまた戻り、それで一切健康を害さない。他人が何と言おうとそれが自分の自然なサイクルだ。

ロングスリーパーの存在が認知されても「人より睡眠時間が必要。おわり」で済ませたら、常人より人生で膨大な時間を無駄にするだけだ。
夜型だとかロングスリーパーというより、自然な睡眠時間+活動時間が24hではないので今の社会と合わない。合わせようと無理すると帳尻合わせで体調を崩す。

非24時間睡眠覚醒症候群

通常の外部環境のもとで、約25時間の睡眠・覚醒周期を示す障害です。一定の時刻に入眠し起床することが著しく困難であり、寝付く時刻が毎日30~60分ずつ遅れていきます。

そのため、夜間に眠れている時期と昼と夜とが逆転して昼間に眠ってしまう時期とが交互に出現します。このため、夜間の不眠と日中の過度の眠気、全身倦怠感により社会生活に支障をきたす時期が周期的に出現するのが特徴です。

https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-054.html

完全に該当している。睡眠障害というが、自分は自分のリズムで自然に生活して心身共に健康で幸福に生きられるのだから、障害は24時間サイクルを強制してくる未熟な社会の方だ。

昼寝は効果的だとされているが、自分は短時間睡眠で頭痛を起こす。幼少時の昼寝強制時間も一人だけ起きて活動していた。
今は朝起きて夜眠る者だけが真人間で健康的とされるが、社会の仕組みはあっさり変わるし、100年後には昼も夜もなくそれぞれの適切なサイクルで暮らせるのだろうか。